広島高等裁判所岡山支部 平成4年(う)28号 判決 1993年5月12日
本店の所在地
岡山県倉敷市児島味野二丁目二番三九号
山縣化学株式会社
右代表者代表取締役
山縣章弘
本店の所在地
同市児島下の町三丁目八番四八号
株式会社瀬戸商会
右代表者代表取締役
山縣章弘
本籍
神戸市長田区北町二丁目八番地の一
住所
岡山県倉敷市児島田の口七丁目六番一号
会社役員
山縣章弘
大正一三年七月二二日生
右の者らに対する法人税法違反被告事件について、平成三年一〇月三一日岡山地方裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人及び弁護人から適法な控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官大口善照出席の上審理をして、次のとおり判決する。
主文
本件各控訴を棄却する。
理由
本件各控訴の趣意は弁護人藤本徹、同多賀健三郎連名作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は検察官大口善照作成の答弁書記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。
(控訴趣意の要旨)
一 原判決は、被告人山縣章宏(以下「山縣章宏」という。)が、いずれも代表取締役としてその業務全般を統括している被告人山縣化学株式会社(以下「山縣化学」という。)及び被告人株式会社瀬戸商会(以下「瀬戸商会」という。)の各業務に関し、その所得を秘匿した上、山縣化学及び瀬戸商会の内容虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により法人税の脱税をしたとの事実を認定して、山縣化学、瀬戸商会及び山縣章宏に対し有罪の判決をした。
二 しかし、山縣化学については、「カゴ平商店」は山縣静子の個人経営の事業であって、その所得は山縣化学に帰属しないのに、原判決は「カゴ平商店」の所得を山縣化学の所得と誤認しているし、山縣化学から山縣静子に支払うべき特許使用料は簿外経費として認めるべきであるのに、原判決はこれを認めていない。また、瀬戸商会についても、「カゴ平商店」の所得を山縣化学に帰属させるのであれば、瀬戸商会が商品を山縣化学から買い入れて「カゴ平商店」に販売した売上利益を瀬戸商会の所得として認めるべきでないのに、原判決はこれを瀬戸商会の所得と誤認している。原判決は、右の各点について事実を誤認し、これが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れない。
(当裁判所の判断)
一 しかし、記録及び証拠物を調査すると、原判決挙示の証拠によれば原判示の事実を認定することができ、原判決の「争点に対する判断」の項の中で説示するところも是認できるのであって、当審における事実調べの結果によっても、これを左右することはできない。以下、所論にかんがみ補足して説明する。
二 控訴趣意第二(「カゴ平商店」は山縣静子の個人経営の事業であって、その所得は山縣化学に帰属しないとの主張)について
1 しかし、原判決挙示の関係証拠によれば、原判決が前記「争点に対する判断」の「第二『カゴ平商店』の所得の帰属について」の項で説示するところは是認できる。すなわち、原判決が詳細に説示しているように、<1>山縣章宏は、昭和四七年山縣化学を設立し、従来は個人事業としていたプラスチック製品の製造販売の仕事を引き継ぎ、妻の山縣静子は取締役として個人事業の時期に引き続き同社の資金繰りの仕事を担当していたこと、<2>昭和五一年ころ山縣化学の公表帳簿に計上していない借入金が累積したため、簿外での新たな借入れが困難との山縣静子の訴えにより、山縣章宏は山縣化学の東京地区の売上利益を山縣静子がしていた簿外の借入金弁済に充てることとし、昭和五二年初めころから東京地区の販売を担当していた山縣化学東京営業所の売上げを山縣化学の公表帳簿から除外するようになったこと、<3>山縣明宏は同年六月から山縣化学東京営業所の名称を廃止し、新たに「カゴ平商店」の名義で山縣化学の製品の東京地区での販売をすることとし、これまでは山縣化学から直接東京地区の得意先に製品を売っていたのを、山縣化学から一旦「カゴ平商店」に小売価格の二五ないし三〇パーセントの価格で売り、「カゴ平商店」から東京地区の得意先に小売価格の一五ないし二〇パーセントの利益を見込んで売るという取引形態を作り、右の一五ないし二〇パーセントの利益は、山縣化学の公表帳簿に計上せず、山縣静子が前記の簿外借入金の弁済に充てるなどしていたこと、<4>「カゴ平商店」の設立に際し、その経営者とされる山縣静子は何ら出資をしたことはなく、「カゴ平商店」名義の取引は山縣化学東京営業所がしていた取引をほとんどそのまま引き継いだものであること、<5>山縣化学東京営業所の営業譲渡は山縣化学の営業の重要な一部の譲渡であるのに、そのため必要な株式総会の特別決議はなされておらず、営業譲渡の対価の授受もなされていないこと、<6>山縣化学東京営業所を「カゴ平商店」が引き継いだとき得意先に送った挨拶状には「カゴ平商店」責任者山崎今朝喜(山縣化学東京営業所の営業を代行していた者)及び山縣化学山縣章宏の名前のみが記載され、「カゴ平商店」の経営者とされる山縣静子の名前は記載されていないこと、<7>山縣静子は「カゴ平商店」開業についての税務署長に対する開業届を提出しておらず、「カゴ平商店」の事業所得についての確定申告もしていないこと、<8>「カゴ平商店」名義で取引をするようになってからも、東京地区で販売する山縣化学の製品については、すべて前記山崎今朝喜又は得意先から山縣化学に対して注文がなされ、右のように注文があった商品は山縣化学の工場から山縣化学東京営業所名義で借りていた倉庫又は得意先に対して発送され、山崎今朝喜はその取引による伝票などを山縣化学に送り、集金した販売代金も全額を山縣章宏の個人名義の銀行口座に振込送金していて、山縣静子は右の過程に何ら関与していないのであって、その取引形態は山縣化学東京営業所の名義で取引していた当時と実質的に変わらないこと、<9>「カゴ平商店」名義の取引の伝票整理、帳簿記載、請求などの事務は、従前山縣化学東京営業所の同僚の事務を担当していた福島冨佐子が山縣化学従業員の身分のまま山縣章宏の命によりこれを担当し、同人にその内容を報告していて、同女が作成していた「種類別売上表」には、山縣化学本社の売上額、「カゴ平商店」名義の売上額及び右両方の売上額を合計した金額が毎月一覧表の形で記載さていて、山縣化学と「カゴ平商店」とを併せた売上額が把握できるようになっていたことが認められる。してみると、原判決が説示するとおり、山縣化学の東京地区での売上げを山縣化学の公表帳簿から除外するための手段として、名称を山縣化学東京営業所から「カゴ平商店」に変更して、外見上山縣化学から独立した商店に見せかけただけであって、その実態には変わりがなく、「カゴ平商店」は単なる名義人であって、右の名義による取引の収益は山縣化学が享受しているものと認められるから、法人税法一一条に定める実質所得者課税の原則によれば、「カゴ平商店」の売上所得は山縣化学に帰属するものというべきである。
2 これに対し所論は、<4>及び<5>について、「個人経営の中小企業において、家族が各別に独立して営業をする場合、出資をしないで事業主となることは間々あることであるし、個人会社で株主も同族の場合には、営業譲渡をしても、特に株式総会の特別決議をしないことが普通である。」と、<6>について「山縣化学東京営業所を『カゴ平商店』が引き継いだとき得意先に送った挨拶状に山縣静子の名前があった方が良いことは間違いないが、それがないことが事業主でないとの理由にはならない。」と、<7>について「税務署への開業届や確定申告をしていないことは、山縣静子が税金の申告をしたかしなかったかの問題であり、同女が所得税を逋脱したのであれば、同女に対して処分をすべきである。」と、<8>について「取引形態は山縣化学東京営業所の名義で取引していた当時と実質的に変わらないとの点については、商品の流れが従前と同じであるから誤解を受けるかも知れないが、経理上の処理として山縣化学と『カゴ平商店』とが別個独立のものとして扱われている以上は、取引形態は実質的に変わったと判断すべきである。」とそれぞれ主張した上、「原判決の判断は、事実の一面をとらえているのみで、全体的な評価を誤っている。」としている。
所論が<4>ないし<8>の各事実について、それぞれ主張するところは、個々的に考察すると、そのような見解も一応成り立ち得ないではない。しかし、<1>ないし<9>の各事実を総合して全体的に考察すると、前に説示するとおり「カゴ平商店」名義による取引の実質的な利益は山縣化学に帰属していると考えるのが、合理的で自然であり、「カゴ平商店」の売上所得は山縣化学に帰属するものと認めるべきである。所論こそ、個々の事実を全体と切り離して、「カゴ平商店」名義による取引の実質的な利益が山縣化学に帰属することを否定する結論に沿うように解釈したもので、総合的な評価を誤っていて採ることを得ない。
3 また所論は、「『カゴ平商店』の売上利益を山縣化学が取得した事実は全くなく、山縣静子が管理し、費消していたのである。」と主張している。
関係証拠によれば、「カゴ平商店」名義の取引による売上利益は、山縣静子が管理し、同女が山縣化学の資金繰りのために借り入れた借入金の元利の支払いのために使用していたが、右の借入金の返済が進むとともに、右の売上利益の一部は山縣章宏や山縣静子ら家族の個人的用途にも費消されたことが認められる。右の売上利益を山縣静子が管理するようになったのは、前記1の<1>ないし<3>で説示したように、「カゴ平商店」名義での取引による売上利益を山縣静子が山縣化学の資金繰りのために借り入れた簿外借入金の弁済に充てるという山縣章宏の意図によるもので、前記1の事実関係から考えて、右の売上利益は山縣化学に帰属し、その資金繰りの担当役員である山縣静子がこれを管理して前記の簿外借入金の弁済などに充てていたと認められる。右の所論は採ることを得ない。
4 次に所論は、「証拠の評価に当たっては、物的証拠を重視すべきであって、押収されている納品書控、領収書控、仕切書控などの書類によれば、商品の流通過程が山縣化学→瀬戸商会→「カゴ平商店」→得意先となっているから、右の一連の流通過程を虚偽のものと認めることはできない。」と主張する。
しかし、税法上の所得の帰属は、実質所得者課税の原則に基づき、取引の名義や形式とその実質が異なるときは、その取引により生ずる収益を実質的にだれが享受しているかによって定めるべきである。前記1で認定した事実関係からすると、前記の納品書控、領収書控、仕切書控などの書類に現れている「カゴ平商店」名義の取引は、山縣化学の東京地区の売上利益を秘匿して右の所得に対する法人税の課税を免れるために、右の名義で取引をするという形式を仮装したものであって、その収益は山縣化学が実質的に享受しているから、「カゴ平商店」の売上所得は山縣化学に帰属すると認めるのが相当である。右の所論は採ることを得ない。
5 更に所論は、「原判決は、山崎今朝喜、山縣哲夫、福島冨佐子の原審各証言について、いずれも捜査段階における供述に反するものは信用できないとしている。しかし、これでは何のために証人尋問をしたのか分からない。右の各証言は十分信用できる。」と主張する。
しかし、公判廷での証言であるからといって、直ちに信用できるものではないのはもとより当然のことであって、全員が山縣化学の関係者である右三人の証人は、いずれも原審において、「カゴ平商店」の実質的な経営者は山縣静子である旨の供述をしているが、いずれもその根拠があいまいであるなどの理由で信用できないことは、原判決が「争点に対する判断」の第二の二(二)「供述の信用性について」の8で詳細に説示しているとおりである。右の所論も採ることを得ない。
6 以上説示したとおりであって、「カゴ平商店」は山縣静子の個人経営の事業であって、その所得は山縣化学に帰属しないとの所論は採ること得ない。
三 控訴趣意第三(山縣静子に対する特許使用料を簿外経費として認めるべきであるとの主張)について
1 所論の要旨は、「原判決は、山縣化学と山縣静子との間で年間一八〇〇万円の特許使用料を支払う契約が存在したことを認めた上で、右契約を昭和四九年の一年限りで当分の間、取りやめるとの合意なされたとの事実を認定し、簿外経費として損金算入することを認めていない。しかし、右特許使用料を支払うとの契約について公正証書が作成されているのに、その解除については文書がなく、長期にわたり未払いであれば契約が解除されたと解する根拠はない。よって、山縣静子に対する特許使用料を山縣化学の簿外経費として認めるべきである。」というのである。
2 しかし、原判決挙示の関係証拠によれば、原判決が「争点に対する判断」の「第三 特許使用料の損金計上について」の項で説示するところは是認できる。すなわち、山縣静子が特許権者である積層まな板について、昭和四九年一月一四日山縣化学と山縣静子との間で、特許使用料を一箇月一五〇万円として右特許権の通常実施を許諾する内容の契約が締結されたが、右の契約は当時山縣静子が建てた自宅の新築資金を捻出することを目的としていたこと、山縣化学が同年中に一一箇月分の右特許使用料として合計一六五〇万円を支払ったこと、しかし翌五〇年になって山縣静子の前年の特許使用料による所得に対し多額の課税がなされる一方、当時の山縣化学には引き続き特許使用料を支払えるような資金の余裕もなかったことから、昭和五〇年中に山縣化学と山縣静子との間で右の契約に基づく特許使用料を支払うことを当分の間、取りやめることの口頭による合意が成立したこと、その後、本件の法人税逋脱の対象事業年度である昭和五四ないし五六年の間までに特許使用料の支払いを再開する合意がなされていないことが認められ、右の各事業年度中の山縣化学の山縣静子に対する特許使用料支払債務は確定していないから、これを山縣化学の簿外経費として損金計上することはできない。右特許使用料を支払うとの契約について公正証書が作成されているからといって、その支払いを当分の間、取りやめる約束が口頭でなされることは、特段不自然なことではないし、また、原判決は特許使用料が長期間にわたり未払いであるというだけで右の契約を当分取りやめる合意がなされたと認めているわけではない。
3 以上説示したとおりであって、山縣静子に対する特許使用料を簿外経費として認めるべきであるとの所論は採ることを得ない。
四 控訴趣意第四(瀬戸商会の課税所得から「カゴ平商店」に対する売上利益を控除すべきであるとの主張)について
1 所論の要旨は、「商品を山縣化学から瀬戸商会に販売し、それを瀬戸商会から「カゴ平商店」に更に販売するという事実を認めて、初めて瀬戸商会から「カゴ平商店」に販売した商品に対する五パーセントの売上利益が出てくるのである。原判決のように、「カゴ平商店」を山縣化学とは別の存在と認めず、「カゴ平商店」名義で山縣化学が得意先に直接販売したとして同社に対し課税しておきながら、瀬戸商会が商品を山縣化学から買い入れて「カゴ平商店」に販売した利益について瀬戸商会に対し課税するのは著しく不合理であって、その場合には瀬戸商会には右の売上利益はないはずであり、その課税所得からこれを控除すべきである。」というのである。
2 しかし、原判決挙示の関係証拠によれば、原判決が「争点に対する判断」の「第四 瀬戸商会の『カゴ平商店』に対する五%売上益の所得算入について」の項において説示するところは是認できる。すなわち、山縣章宏は昭和五一年ころから個人事業として「瀬戸商会」の名称でK型まな板の製造などをしていたが、昭和五三年四月にいわゆる法人なりをして瀬戸商会を設立したこと、山縣章宏は「瀬戸商会」が個人事業だった当時の昭和五二年九月からその資金繰りを良くするためなどの理由で山縣化学と「カゴ平商店」名義の取引との間に「瀬戸商会」を入れることとし、「瀬戸商会」が山縣化学の製品を仕入れた上、仕入価格の五パーセントの利益を上乗せして「カゴ平商店」に更に販売するという形式をとって、「瀬戸商会」が右の五パーセントの売上利益を取得するようにして、瀬戸商会設立後も右の取引形態は継続されたことが認められる、瀬戸商会は、山縣化学と同じく山縣章宏が経営する同族会社であるとはいえ、いわゆるペーパーカンパニーではなく、山縣化学から独立した経営主体であって、「カゴ平商店」が山縣化学の一部門にすぎず、山縣化学から独立した経営主体ではないのと異なっている。してみると、実質所得者課税の原則の適用に当たって、「カゴ平商店」は単なる名義人であって、その収益は山縣化学が享受するから、同社に帰属すると解すべきであるのに対し、瀬戸商会は独立した経営主体であって、右の取引によって実質的に収益を得ているから、前記の売上利益は瀬戸商会に帰属すると解し、「カゴ平商店」名義の前記販売の売上利益については山縣化学に課税し、瀬戸商会がした前記販売の売上利益については瀬戸商会に課税しても、何ら不合理ではない。
3 以上説示したとおりであって、瀬戸商会の課税所得から「カゴ平商店」に対する売上利益を控除すべきであるとの所論は採ることを得ない。
五 結論
原判決には所論の事実誤認はなく、論旨は理由がない。
よって、刑事訴訟法三九六条により本件各控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 川上美明 裁判官 竹重誠夫 裁判官山名学は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 川上美明)
平成四年(う)第二八号
控訴趣意書
法人税法違反 被告人 山縣化学株式会社
同 株式会社瀬戸商会
同 山縣章宏
右被告人らに対する頭書被告事件について、被告人らから申立てた控訴の趣旨は左記のとおりである。
平成四年四月一五日
主任弁護人 藤本徹
弁護人 多賀健三郎
広島高等裁判所 岡山支部 御中
記
原判決は、公訴事実のとおりの事実を認定したうえ、被告人山縣化学株式会社を罰金一、六〇〇万円に、被告人株式会社瀬戸商会を罰金六〇〇万円に、被告人山縣章宏を懲役一年二月、懲役刑につき三年間刑の執行猶予をする旨の判決を言渡したが、原判決には事実の誤認があって、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるからこれを破棄し、更に適正な裁判を求めるため控訴に及ぶものである。
以下その理由を述べる。
第一 被告人らは原審において、公訴事実中、被告人山縣化学株式会社に関して「カゴ平商店」に関する所得は同被告会社の所得に属さないし、特許料についても簿外経費である旨主張し、被告人株式会社瀬戸商会についても、「カゴ平商店」分を被告人山縣化学株式会社に帰属させるのであれば所得金額を争う旨主張してきたが、原判決はいずれも被告人らの主張を認めず、公訴事実とおりの事実を認定している。
しかし、これは原判決が商法を正当に理解せず、税金を課すことのみに目を向けて判断をしたため事実を誤認したものと言わなければならない。会社の経理は商法等の民事法に基づいて行われているものであり、私法上の取引を課税目的のため勝手に解釈することは許されないと言わなければならない。本件における最大の争点であるカゴ平商店の所得帰属問題については、商法上独立した会社間の取引を無視した判断であり違法というほかはない。
被告人らの主張は弁論要旨に記載したものを引用するが、更に以下の事実を主張する。
第二 「カゴ平商店」は山縣静子の個人経営にかかる事業であり、被告人山縣化学株式会社の所得ではない理由について。
一 原判決は「カゴ平商店」の売上利益が被告人山縣化学株式会社に帰属する理由として、「カゴ平商店」の設立に際し山縣静子が出資をしたことはなく、従前の山縣化学東京営業所を引き継いだものであること、営業譲渡の株主総会の特別決議がないこと、「カゴ平商店」に変更したとき送った挨拶状に山縣静子の名前が印刷されていないこと、税務署の開業届を山縣静子はしていないこと、取引形態の実体が東京営業所時代と変わっていないこと、事務も山縣化学株式会社の事務員がしていること、実質的な利益は山縣化学株式会社が得ている等と認定して山縣化学に帰属すると判断している。
しかしながら、個人の中小企業において家族で各別に営業をする場合、特に資本的出資を必要とする場合はともかく、出資をしなくても事業ができる場合は出資なくして個人が事業主となることは間々あることであるし、本件のような個人会社で株主も同族の場合に特に営業譲渡の特別決議をすることはないのが普通である。このような理由で山縣静子が事業主でないという根拠にはならない。
また、挨拶状に山縣静子の名前がなかったことについては、名前があった方が良いことは事実であるが、ないという理由で事業主でない理由にはならない。税務署への開業届や申告をしていないことは、山縣静子が個人として税金の申告をしたかしなかったかの問題であり、静子が所得税をほ脱したのであれば静子に対し課税する処分をすべきである。次に、取引形態が従前と変わらないという点については、商品の流れが従前と同じであるから誤解を受けるかもしれないが、会社の経理として「カゴ平商店」は山縣化学株式会社の帰属でないとした以上は形態は変わったと判断すべきである。最後の実質的利益が山縣化学株式会社にあるという点については、全くの事実誤認である。「カゴ平商店」の利益を山縣化学株式会社が取得した事実は全くない。山縣静子が管理し費消していたのである。
このように原判決の判断は事実の一面を捉えているのみで全体的な評価を誤っていると言わなければならない。
二 会社における脱税事件の処理にあっては物的証拠を重く評価すべきである。押収されている納品書控、領収書控、仕切書控等によれば、本件商品の販売ルートが山縣化学株式会社から瀬戸商会へ、瀬戸商会から「カゴ平商店」へ、「カゴ平商店」から小売店等へと流通していることは明白となっている。検察官も瀬戸商会について法人格を認めているのであるから、これら一連の流通過程を虚偽の処理だということは不可能である。原判決は、課税目的のためには実体法の理論は無視されるような説示をしているが、これは明らかに誤りである。実体法における契約関係が虚偽であり否定されるような場合は税法上も否認の対象となると言わなければならない。
三 原判決は、証人の証言について、いずれも捜査段階の供述に反するような証言は信用できないとしている。しかし、これでは何のために証人尋問をしたのか意味がないと言わなければならない。原判決は、ことごとく課税する側に立って最も有利なように判断することに専念しているように思えてならない。証人山崎今朝喜の証言によれば、「カゴ平商店」の経営者は山縣静子であり山縣化学株式会社の一部でないことを証言している。同証人は、老人で頑固一徹の者であり、人に頼まれて嘘の供述をするような人物ではない。捜査段階においては、捜査官に誘導されてよく理解できていないまま調書を作成されたのである。証人山縣哲夫も公判において「カゴ平商店」の経営者は山縣静子であると証言している。同証人の証言内容を検討してみても、この内容に不審な点はないと言わなければならない。次に、証人福島冨佐子も「カゴ平商店」は山縣静子の経営である旨証言しており、この証言を信用すべきである。
原審裁判官は、ともすると捜査段階の証拠のみ信用し、証人の証言を理解する姿勢を示していない。裁判官が予断を持たず白紙の状態から証言を判断してくれれば、原審のような結論にはならないと考えられる。
いずれにしても、原判決は証拠上明白である山縣化学株式会社から瀬戸商会へ販売し、瀬戸商会から「カゴ平商店」へ販売したという経路を無視して、無理矢理「カゴ平商店」を山縣化学株式会社に持ち込んだという誤った判断をしているのである。この点において、原判決は当然に破棄されなければならない。
第三 特許料について
原判決は、被告人山縣化学株式会社と山縣静子との間において年間一、八〇〇万円の特許使用料を支払う契約の存在することを認めたうえで、同契約を昭和四九年度の一年限りで解除していると認定し、簿外経費として損金算入することを認めていない。
しかしながら、被告人らの捜査段階における調査中に契約の存続につき曖昧な記載が一部あるものの、契約当事者間で特許料の通常実施に関する契約書自体を前提にして解除した旨の証拠は何処にもない。原判決は、被告人山縣の曖昧な供述と昭和五〇年度から昭和五六年度まで未払いとなっていた事実を捉えて契約の解除があったと認定しているのであるが、長期にわたり未払いであれば契約が解除されたと解する法的根拠は全くない。民事訴訟においても長期間滞納していた者に対し支払いを請求する例は多々あるのであり、時効にかからない限りは支払い業務を免れる方法はないのである。被告人山縣化学株式会社は、昭和五七年度から昭和五〇年度分に遡って支払いをしており、これに対する源泉所得税も納付しているのである。契約が公正証書により締結しているのに、解除について一切文書がないということは、解除がなかったという証拠である。
原判決は、法律の解釈を誤っており、特許料は損金として認めるべきである。この点においても、原判決は破棄を免れないものである。
第四 被告人株式会社瀬戸商会について
瀬戸商会については、予備的主張になるが、原判決のように「カゴ平商店」を山縣化学に取り込むのであれば、瀬戸商会の所得の計算上、瀬戸商会から「カゴ平商店」に販売した物品につき五パーセントの販売利益を計上したのを控除しないのは明白な誤りである。
原判決は、販売利益を課税対象としてもよいと認定して種々の説明をしているが、正直なところ理解できない論理である。山縣化学から瀬戸商会に販売し、瀬戸商会から「カゴ平商店」へ販売したという事実を認めて初めて五パーセントの利益に対する課税という理由が出てくるはずである。販売先の存在を否定してしまい、小売店等に対し山縣化学は直接販売したとして山縣化学に課税しておきながら瀬戸商会に課税するというのは著しい不合理である。いかに税法といえどもこのような筋の通らない解釈はないと考えられる。原判決は、計算の煩わしさを避けるため、敢えて弁護人の主張を入れなかったものと推測するほかはない。
原審裁判官は、「カゴ平商店」を山縣化学に取り込む心証を得たのであれば、その時点で検察官に対し瀬戸商会が「カゴ平商店」に販売したものに対する利益額について釈明を求め、釈明がない場合は無罪の判決をすべきである。釈明も求めず、利益額の控除もしないというのは審理不尽である。
いずれにしても、この点につき原判決は事実の認定を誤っていることが明らかであり、原判決は破棄を免れないものである。
第五 以上のとおり、原判決は三点にわたり重大な事実誤認を犯しており、この事実誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決を破棄したうえ、更に適正な裁判を求めるため控訴に及んだ次第であります。